新たにテレワーク(リモートワーク)を導入しようとする事業者や、新型コロナウイルスの感染拡大を受けて急いでテレワークを導入したものの、導入について十分な検討をする時間がなかった事業者向けに、テレワークに伴って生じうる人事評価・労務・法務・情報セキュリティに関する問題点を簡単に記載致します。今回は、テレワーク導入にあたって、電子契約を行うケースも増えてくるのではないかと思い、電子契約と紙ベースの契約は何が違うのかについてご紹介致します。
「紙」の契約書による契約について
従来多くの企業で行われていた契約方式は紙の契約書に契約当事者双方が記名押印を行う方法でした。
この場合、契約書上の印影が本人の印章(ハンコ)によって顕出(≒押印)された事実を印鑑登録証明書などとあわせることで立証できれば、特段の反証が無い限り、文書の成立の真正(契約書の作成者とされるものの意思に基づいて実際に楚の契約書が作成されたこと)が推定されます。(裁判昭和39年5月12日・民集18巻4号597頁、民事訴訟法第228条4項)。これは、契約に関して後日紛争が生じて裁判になった時に紙の契約書が非常に有力な証拠になることを意味します。
もっとも、紙の契約書による契約は、契約書について印刷・押印・封入をした上で契約の相手方に送付し、相手方から返送された契約書をおふぉしにおいて補完する必要があるのが一般的です。また、多くの場合、会社の代表印は自宅に持ち帰れません。従って、社内の契約処理の担当者等がオフィスへの出社を余儀なくされる可能性が高く、全社員がテレワークに移行しようとする状況においては「紙」ベースの契約書における上記の運用を継続するのは難しい可能性があります。
電子契約の有効性とメリット
電子契約とは
完全なテレワークへの移行に伴って、自社の契約方式の一部または全部を紙ベースの契約から電子契約に切り替えるのも一案です。電子契約とは、従来は紙ベースで締結していた契約書を電子文書で作成して締結する契約方法のことをいいます。
日本では、電子署名法(電子署名及び認証業務に関する法律)などの制度的環境が整備されるとともに、印紙税などのコスト削減や業務の効率化を求める企業のニーズなどを背景に急速に導入鵜が進んでいます。一般財団法人日本情報経済社会推進協会(JIPDEC)と株式会社アイ・ティ・アールが2020年に行った調査によれば4割以上の企業が電子契約を利用しているようです。(一般財団法人日本情報経済社会推進協会(JIPDEC)/株式会社アイ・ティ・アール「『企業IT利活用動向調査2020』集計結果ー電子契約の利用状況についてー」12ページ)。新型コロナウイルスの影響によってテレワークに移行する企業が増えていることに鑑みますと、現在はより多くの企業が電子契約を導入しているものと思われます。
電子契約の有効性
日本の法律は「契約の成立には、法令に特別の定めがある場合を除き、書面の作成その他の方式を具備することを要しない」として契約方式の自由を定めています。(民法522条2項)。したがって、紙の契約書を取り交わすことはもちろん、口頭や電子メールによる電子文書のやり取りによっても契約は有効に成立します。但し、「法令に特別の定め」がある場合として、法律上書面による契約締結が義務付けられている契約類型もあるので、注意が必要です。また、電子契約は契約方式としては問題ありませんが、紙の契約書と比較して裁判で証拠とする場合の証拠の考え方に差が生じる可能性もあります。
電子契約のメリット
電子契約の主なメリットは
- 保管スペースの削減
- コスト削減
- 業務の効率化
以上の3つが挙げられます。
電子契約を導入した場合、紙の契約書による契約方式において必要な印刷・押印・封入・郵送や物理的保管から解放されます。電子契約の場合、締結した契約はクラウド上などで管理されますので、契約書を保管するための保管スペースを削減することが出来ます。
コスト面では、電子契約の場合、ツールの利用料などのコストがかかる可能性はある一方で、印刷・押印・封入・郵送の手続きやそれらに要していた費用も節約できます。また、電子契約書が印紙税の課税対象外とされていますので(国会答弁・内閣参質一六二第九号)、上手く利用することが出来れば全体的なコストを削減できる可能性があります。
また、電子契約はツールのみで契約を締結できるため、紙ベースの契約と比較して契約締結までの期間を短縮可能で、効率面でのメリットも期待できます。社員はオフィスに出社することなくテレワークで自宅から契約を締結することも出来ます。また、電子契約サービスの中にはクラウド上で一元化して契約管理を行えるものもあり、契約の検索や管理が容易になる効果も期待できます。
導入にあたっての留意点
電子契約の導入方法
電子契約には、契約当事者がそれぞれ自身の電子証明書を取得して直接に電子署名を行う方法と、第三者の電子契約サービスを利用する方法があります。契約当事者自身が電子署名を行う方法は、契約相手が有効な電子証明書を取得しているとは限らない現在の状況においては選択肢となりづらく、主にクラウド型の電子契約サービスを利用するのが一般的です。現在、様々な電子契約サービスが存在しており、自社が日常締結している契約類型、コスト、各電子契約サービスにおける電子契約の証拠力、使いやすさ、セキュリティなどを検証したうえで、自社に最適のサービスを導入することが望ましいです。
導入にあたっての留意点
もちろん、導入に当たって留意する必要がある事項も存在します。電子契約の導入に当たっての主な留意点は次の通りです。
- 電子署名の有無
- 税務上の保存義務
- 社内規定の見直し
- 書面が求められる契約類型の存在
- 契約当事者双方の合意が必要であること
①電子署名の有無
電子契約において「電子署名」を使用することは必須ではありません。最も、電子契約において電子署名法が定める一定の要件(本人性、非改ざん性など)を満たす電子署名が本人により行われている場合、実印で押印された紙ベースの契約書と同様に電子文書の真正な成立が推定されます。(電子署名法第2条1項、3条)これは、電子契約であっても紙ベースの契約書と同等の証拠力を有することを意味します。
また、クラウド型の電子契約サービスにおいて付与される電子署名は一般的に電子契約サービスベンダーの電子署名であり、契約当事者の電子署名ではありません。誤解がないように注意が必要です。
なお、真正な成立の推定が受けられなくても、別の方法によって電子文書の真正な成立を証明することは可能です。電子署名法の要件を満たす電子署名を使用するコストを踏まえて、電子契約に置き換える契約について電子署名を使用する必要があるかどうかを検討するのが重要です。
②税務上の保存義務
税法上、契約書などの取引情報に関する書面は保存義務があります。ただし、電子契約のように最初から電子文書で保存する場合、一定の要件を満たすことによって神の契約書等と同様に扱われ、電子データのまま保存することが出来ます。
具体的には、電子帳簿保存法(電子計算機を使用して作成する国税関係帳簿書類の保存方法などの特例に関する法律)が、契約書などの取引情報の授受を電磁的方式で行うことを「電子取引」と定義し、電子取引のデータ保存義務を定めています(電子帳簿保存法第2条6号、第10条)。ほぞ義務の詳細についてはタイムスタンプの付与義務などが定められています(同施行規則第8条1項など)。
したがって、電子恵沢サービスを導入するに当たっては、当該サービスの利用によって電子帳簿保存法が定める要件を満たしているかどうかを検討する必要があります。
③社内規定の見直し
自社の社内規定の内「文書管理規定」や「印章管理規定」などが電子契約、電子署名を想定していない場合、必要に応じて各規程の改定が必要になる可能性があります。
④書面が求められる契約類型の存在
定期賃貸借契約のように「書面」によって契約を締結する必要があるものは電子契約によることが出来ません(借地借家法第22条、第38条1項)。
ただし、保証契約のように書面性を要求していたとしても電子文書を書面とみなすことが出来る旨の定めがある場合には電子契約の方式によって契約することが出来ます(民法第446条2項、3項)。したがって、自社が日常的に締結している契約類型を洗い出したうえで、電子契約によって締結可能かどうかを検討する必要ああります。
⑤契約当事者双方の合意が必要であること
契約は契約当事者間で締結されるものであるため、自社のみが電子契約を導入したとしても契約相手方が電子契約を導入しなければ電子契約の方式で契約を締結することはできません。
もっとも、電子契約を導入する企業も増加していることから、テレワークの導入を機に継続的な恵沢相手との間で電子契約の導入を交渉するのも良いのではないかと考えられます。
まとめ
上記までにご紹介致しました通り、テレワークを実施については、紙ベースの契約書に頭を抱えている企業も多いかと思います。決裁権のある管理職が出社してしまうと部下がテレワークするというのは心理的に難しくなっていしまいますので、この機会にぜひ電子契約サービスの導入を検討してテレワークを推進していきましょう。